Sunday, January 29, 2012

fuckyeahpgsmgirls:

Rina Koike in her 2009 photobook, “I Show It All.”  Don’t worry; she doesn’t.

fuckyeaherinbubley:

alexandra tikerpuu

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alexandra tikerpuu

日々インターネット上で暗号の解読合戦が繰り広げられているような昨今では、「百年前や千年前の暗号なんて、スーパーコンピュータで瞬殺なのでは」と思ってしまうかもしれませんが、昨日作られた暗号より千年前の暗号の方がはるかに解読が難しい、ということもあるようです。

いまだ解読されていない暗号は以下から。


Top 10 uncracked codes - Telegraph

ファイストスの円盤


らせん状に並んだ象形文字が両面に記された直径16cmの粘土製の円盤は、1908年にクレタ島のファイストス宮殿で発見されました。使われている文字45種は粘土が乾く前にスタンプのように押しつけて刻印されているのですが、この同じスタンプを使って書かれた粘土版はほかに見つかっておらず、文字自体もいくつかを除いてここでしか見られない文字とのことです。

線文字A


紀元前18世紀から紀元前15世紀頃までクレタ島で用いられていた文字で、前述の「ファイストスの円盤」が見つかった宮殿でも線文字Aが記された粘土版が見つかっています。1900年にアーサー・エヴァンズによって線文字Aと同時に発見された線文字Bは1952年にマイケル・ヴェントリスによって解読されたのですが、線文字Aの方は現在も解読されていません。

クリプトス


アメリカの彫刻家ジム・サンボーンによる作品「クリプトス」は1990年にバージニア州のCIA本部に設置されました。落成以来、板面に打ち抜かれた暗号文の意味について多くの推測が行われていて、4つの面のうち3面はすでに解読されたのですが、残りの4つ目の面の暗号は未解読で、世界中の暗号ファンが熱心に解読を試みているそうです。

中国の金塊の暗号


1933年に上海の「ワン将軍」なる人物に発行されたとされる合計1.8kgの7つの金塊には、絵や中国語の文字、何らかの筆記体の文やラテン文字の暗号 文が記されていて、アメリカの銀行の預金証明書を模していると考えられています。中国語で書かれた部分は何らかの「3億ドルの取引」について触れていると のこと。

Bealeの暗号


バージニア州Bedford郡でThomas Jefferson Bealeという男性により1820年に埋められた金銀財宝の在りかを示すとされる3組の暗号は、1885年に小冊子として発行されました。埋められた財 宝は現在の貨幣価値で6500万ドル(約53億円)と言われ、「宝探しマニア」の心をときめかせ続けています。

ヴォイニッチ手稿


1912年にローマ近郊の寺院でアメリカ人の古書商古書商ウィルフリッド・ヴォイニッチにより発見された232ページの古文書。全文が暗号とおぼしき未知 の文字で書かれ、カラーの挿絵には正体不明の植物や薬草のレシピとおぼしきもの、天体図のようなものやパイプのようなものに収まった奇妙な人々などが描か れているそうです。14世紀から16世紀頃に作成されたと考えられています。

Dorabella Cipher(かわいいドーラのための暗号)


1897年にイギリスの作曲家エドワード・エルガーがドーラ・ペニーという女性にあてて書いた暗号化された手紙は3行87文字という短いものですが、ドーラさんは解読することができず、今日にいたるまで世界中のエルガー研究家も暗号愛好家も解読することができていないそうです。

Chaocipher


John F. Byrne氏が1918年に発明した「Chaocipher」は、「Chaos(カオス)」と「Cipher(暗号)」からなる名前からも想像がつくよう に非常に解読困難な暗号システムのようで、Byrne氏の40年間の売り込みにもかかわらず米国政府は興味を示さなかったとのこと。Byrne氏は暗号解 読者に賞金を用意したのですが、「解読できた」と名乗り出る人はいなかったそうです。

D’Agapeyeff cipher


ロシア生まれのイギリス人地図制製作者Alexander D’Agapeyeff氏により1939年に出版された初歩的な暗号の本「Codes and Ciphers」の初版の巻末に、読者へのチャレンジとして載せられたこの暗号は、いまだ解かれていません。D’Agapeyeff氏はのちに、「どう やって暗号化したか忘れてしまった」と認めていて、暗号化する際のミスや写し間違えなどにより解読不可能となっているのでは、という疑念もあるようです。

Taman Shud事件


1948年12月1日にオーストラリア・アデレードの 海岸で発見された身元不明の男性の遺体。夏の暑さにもかかわらずセーターとコートを身につけ、歯科治療記録や指紋からも身元は確認できませんでした。近く の駅で発見されたこの男性のものと思われるスーツケースからは、隠しポケットのあるズボンが見つかり、このポケットには本から破りとられた「Taman Shud」と書かれたページが隠されていました。この破りとられたページは、やはり付近で発見された鍵のかかっていない自動車の後部座席に置かれていた「ルバイヤート」の希少本と一致し、その本の裏表紙には何らかの暗号とおぼしき文字列が記されていました。事件は今日にいたるまで未解決、暗号も未解読で、オーストラリアでは史上最も不可解な事件の一つとして知られています。

いまだ解読されていない歴史的な10種の暗号 - GIGAZINE (via darylfranz)

(Source: sammwatson)

http://exonemo.com/view-source/eto.html

  • エ: 今から10数年前、当時ネットを使って作品を作っている珍しいアーティスト同士として、江渡浩一郎と出会った。彼とは、ネットの、そしてメディア・アートの激変した10年を歩んできた「同郷の士」という感覚がある。いま彼は、産総研※1に在籍し、集合知をテーマにした研究や書籍の執筆、実用的なサービスの開発などといった活動に力を注いでいる。
  • エ: 年の瀬の取材は、1年を振り返るところから話が始まった。
  • エキソニモ(以下エ): 「2010年はどんなことをやってましたか?」 
  • 江渡(以下江): 「朝から晩まで論文執筆だね。新しい作品を作りたくてウズウズしてるw」 
  • エ: 「この号が1月に出るので、この取材のテーマは江渡さんと干支を掛けつつw、2011年のwebについて話せたらと」 
  • 江: 「2010年は、結局twitter※2の年と言える。1月にキャズム※3を超えた」 
  • エ: 「何かキッカケがあったんですかね?」 
  • 江: 「2009年12月にウェブ学会※4というシンポジウムに参加したんだけど、その頃に発表された論考に『日本でのtwitterの“キャズム越え”は、まだまだ先の出来事』と書いてあった。でも、年が明けて首相がtwitterを始めた辺りから、一気にキャズムを超えたみたい」 
  • エ: 「ustreamも躍進しましたね」 
  • 江: 「twitterやustreamが普及して、言論の場がフラットになったね。webが一段階進んだように感じる」 
  • エ: 「90年代のweb初期の感じもありますね」 
  • 江: 「そうそう。webが本来の姿を取り戻したとも言える」
  • エ: 「twitterはどう思います?」 
  • 江: 「素晴らしいと思うけど、議論の土台としては使いにくい。もちろん、議論しにくいようにデザインされてるからだけど。まとめシステムとして今はtogetter※5があるけど、もっとwiki※6の思想を取り入れたら、使いやすいシステムにできるんじゃないかな」
  • エ: 「tumblr※7はやりますか?」 
  • 江: 「以前は中毒だったよw tumblrは、ティム・バーナーズ=リー※8の考える理想のwebに近いんだよね」 
  • エ: 「そうなんですか?」 
  • 江: 「バーナーズ=リーは、もともとブラウザから任意のwebページを編集できる環境を構想していた。その理想を実現したのがwiki。tumblrは、元のページは書き換えられないけど、引用することによって彼の思想に近い環境を実現している」
  • エ: 「最近は、facebook※9も注目されてますが」 
  • 江: 「あんなの新しくもなんともないよw」 
  • エ: 「facebookには、mixi的な閉鎖空間に戻った息苦しさを感じました」
  • 江: 「持論なんだけど、日本はコミュニケーションメディアの最先端なんだよ。掲示板だと2ch、snsだとmixiという形で日本が最先端だった。パクリとはちょっと違うけど、mixi的な生ぬるい馴れ合いの価値がアメリカで再発見されたのがfacebookでは? でも『いいね!』ボタンはいいね!w」 
  • エ: 「いいね!は、はてなスター※10に似てますよね」 
  • 江: 「はてなスターは普及には至らなかったけど、『いいね!』ボタンの先を行ってたよね。これも、日本が最先端の事例の一つだよ」
  • エ: 「スマートフォン※11も面白いと思うんです。位置情報サービスは、まだ未開拓な感じがしますが」 
  • 江: 「foursquare※12は、離陸にまでは至らない気がする。mayorという制度で価値を捏造しようとしたけど、やっぱりヤラセ感が強い。セカイカメラ※13もがんばってるんだけど、場所を中心としたコミュニケーションは共感させるのが難しい。以前から『モノを中心にしたsns』と『ヒトを中心としたsns』の2つの方向性があって、今生き残ってるのはヒト中心だけ。その代表がtwitter。そんな中で、モノ中心で唯一面白いのがinstagram※14だよ」 
  • エ: 「え、あのオシャレなtwitpic※15みたいなやつが?」 
  • 江: 「表面的にはそう見えるせいでよく誤解されるけど、あれは本質的にはネットワーク構造が新しい。iphoneアプリ中心の設計になっていて、webからはほとんどの部分が隠蔽されてる。webにはユーザーページすらない。これは実に新しいよ」 
  • エ: 「わざとそうしてるんですかね」 
  • 江: 「かなり緻密に考えられてる。写真というモノを媒介として、共感によってつながるネットワーク。僕はgirls' networkって呼んでる」 
  • エ: 「girlsってことはboysもある?」 
  • 江: 「twitterみたいな『言語のコミュニケーション』は、論理によってつながっていくから、boys' networkって呼んでる。それに対して、instagramはもっと感覚的につながる」
  • エ: 「具体的に、どういうことですか?」 
  • 江: 「たとえば、ふと夕日の写真を撮ると、それに対してlikeがいくつも付く。つまり、写真の内容じゃなくて、共時的な感覚が共有される。普通に“夕日きれいだね”という」 エ:「夕日の写真なんていうありふれたものがスポッと感覚にハマる感じ?」 
  • 江: 「面白いだろうと狙って撮った写真は、逆にあまりlikeされなかったりw」 
  • エ: 「ナルホド。またしてもコンテンツの危機ですねw」 
  • 江: 「最近のwebサービスは、作り込む部分がコミュニケーションやサービスの部分になってきていて、コンテンツは本当に一瞬で消費されてしまうね」 
  • エ: 「それはすごく感じています。ところで、話飛んで、以前江渡さんのアイコンがgacktだったんですが、あれはナゼ?w」 
  • 江: 「それは・・・ごにょごにょごにょ(本人希望によりカット)」
  • エ: 「・・・ たぶん、江渡さんとwebにまつわる話は延々と続けられる。そんな中で、お互いに同意したことが一つ。
  • エ: 「webの未来は予測不可能」、つまり2011年がどんな年になるかは、知ったこっちゃねーということだ。
  • エ: 「ノーフューチャーもとい、未来は自分で作れ! byアラン・ケイ※16。というわけで今年もよろしく!! ※1~16 ググれ!
superamiga:

lbfilmstills:How It’s Made: Aluminum Foil, Snowboards, Soft Polymer Contact Lenses and Bread

superamiga:

lbfilmstills:How It’s Made: Aluminum Foil, Snowboards, Soft Polymer Contact Lenses and Bread

allleft:

Plaza

allleft:

Plaza

(Source: topit.me)


La Strada 
Medusa, Hadrian’s Villa, Tivoli.

La Strada 

Medusa, Hadrian’s Villa, Tivoli.

(Source: fuckyeahjoyuu)

例えば、優れた売れっ子のマンガ家がいて、老練な担当者がついていて、名アシスタントがいて、才能ある若手アシスタントがいて、10人のチームでマンガを描いていたとしよう。一方、大して技術もない凡人を100人集めて、前出のチームと同じマンガができるとかと聞かれたらどう思うだろう?殆どの人はそれは無理じゃない?と思うだろう。1000人でも無理かもしれない。

開発も同じなんだよ、本質的にはね。

でもそう思われにくいのはなんでだろう?それは多分、開発に従事する人にはマンガ家のような才能や際立った技術は必要ないと思われてるからだ。言われた所を言われたようにベタを塗るだけがプログラマの仕事だと思われているからだ。実際それをプログラマなのだと定義している会社もある。技術はお金にならない低俗なものだという偏ったイメージもこの世界には蔓延している。それが上流偏重の問題なんだ。

売れっ子のマンガ家のような設計(マンガで言えばネームや原作)からプログラミングまでこなせる技術者、老練な担当者のようなプロジェクトマネージャ、名アシスタントのような匠のプログラマ、勉強熱心な技術者は実際に存在してる。並以下の人材を倍集めたって100人集めたって彼らと同じものができるわけじゃない。

でも、どんなプロジェクトにもそんなスター的な人材が確保できるとはいえないし、単純な増員で対応できるようにする必要が、日本の大きな会社や大きなプロジェクトではあった。それを可能にするのが分業化だ。工程を徹底的に分業化することで、末端のセクションの習得コストを出来る限り低くし、品質の維持も図る。言い方を変えれば、創作を出来る限り製造にするということ。

それによるデメリットは明確だよね。新しいアイデアが実現されにくくなる。時代の流れの速さに追いついていけない。個々の持っているスキルが生かされない、技術が評価されない。技術者のモチベーションが下がる。なにより、正しい分業化とマネージメントが行われずに盲目的に人数を増やすと、ただただ炎上にしかならないってこと。お金だけが莫大にかかっていくということ。

特許庁の55億かけて頓挫したプロジェクトの報告書が面白い (via katoyuu)